何がどうしてこうなったのかはわからない。
わからないがあの真面目が服を着たようなへし切り長谷部もこういうことをするんだなぁととろけて霞む頭の中でぼんやりと思ったことと、初めて奥深くまで貫かれた痛みだけはやけにはっきりと覚えている。

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空が高くなってきた。
澄みきった青を仰ぎ見て『ああ、秋だなぁ』とありきたりな感想をいだく。
あの打刀とそういう関係になったのは確か夏の半ばのことだったから身体を重ねた回数はそれなりになっていた。一度きりで終わると思っていたので薬研としては嬉しい誤算だ。
あの刀が何をどう考えているのかは知らないが薬研はまだ鉄の塊であった時からあの刀のことを好きだったので例えあっちがどう思っていようと奥の奥、一番深いところで繋がれるという関係は嬉しかったし、あの生真面目な刀のことだからきっとそういう相手は自分だけだろう。
想像ではあったがきっとそれは間違いではない筈だ。
だがそれもいつまで続くのだろうか。まるで綱渡りをしているかのような危うさにひっそりと溜息をつく。
『薬研』と名を呼ばれて引き寄せられて、ああまだ飽きられていないのだなと胸を撫で下ろす己はきっと傍から見ていればさぞや滑稽なことだろう。

「おや珍しい。一人で考え事ですか?薬研」

縁側に一人ぼんやりと座る薬研に声を掛けたのは織田から馴染みの宗三だった。
こちらを振り返るその前に首筋に紅いものを見つけ微かに柳眉をひそめる。首を傾げた薬研に『あまりこういうことを言いたくはありませんが』と前置きをして宗三はその赤を指差して「目立つところに跡を付けるのはおやめなさいと言っておきなさい。本当に最近の浮かれ具合は目に余ります。長年の片恋が実って嬉しいのはわかりますが独占欲も強すぎです」と言った。
言葉の意味がわからずに薬研がきょとりと首を傾げる。
「浮かれてるって…誰がだ?」
「長谷部に決まってるじゃありませんか。夏の半ば頃から目に見えて機嫌が良くなりましたよ」
「夏の、半ば…」
自分たちが身体を重ね始めた頃だ。
ということは長谷部は自分と身体を重ねつつ、長年懸想してきた相手に思いを告げたということか。
晴れて両思いになったのはいいがすぐに手を出すのは気が引けて昔馴染みである己を褥へと誘ったのか。
黙りこくる薬研に宗三が怪訝そうに声をかける。
「どうしました、薬研?」
「…いや。長谷部の旦那にそんなお人がいたとは知らなかったから…少しばかり驚いた」
「え………」
「好いた相手がいるのならいつまでも俺に構ってる場合ではないよなぁ。わかった。俺から長谷部の旦那に言っておくよ」
「は?」
薬研の言っている意味がわからない。
薬研こそが長谷部の長年の片恋の相手で長谷部はようやく思いが叶ったと喜んでいたというのに。その浮かれっぷりがあまりに腹立たしかったので何度頭をはたいたかわからない。
長谷部とどこか諦めたかのように笑う薬研の異なる温度差に再び柳眉をひそめて宗三はあの朴念仁を早急に問いただそうと心に決めた。


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「あまり人の恋路に口を挟みたくはないのですけれどね。ましてや貴方と薬研のことになど関わりたくはないのですけれども」
ひどく不機嫌そうにそう言われ長谷部の眉が寄る。
相も変わらず長谷部は業務に追われていたがそんなことは関係ない。巻き込まれたくはないがわざわざこうして口を挟むのは可愛い薬研の為だ。
「貴方、確か薬研と思いが通じあったと言っていませんでした?」
「…そうだが」
「一応確認しておきますが、貴方ちゃんと好きだと伝えたんでしょうね。はっきり口にしなければ薬研には通じませんよ」
言われて思い返す。
自分はあの短刀に好きだと伝えただろうか。どうしても思い出せない。
好きだと言わなくても、身体を許された時点で自分の気持ちは伝わったとそう思っていた。